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岡山地方裁判所 平成4年(行ウ)7号 判決

原告

山本安民

原告

藤原宏

原告

小松原博身

原告

大平孝昭

原告

中西裕康

右五名訴訟代理人弁護士

大石和昭

被告

備前総合開発株式会社

右代表者代表取締役

大橋信之

右訴訟代理人弁護士

石井辰彦

藤岡温

田村比呂志

主文

一  被告は備前市に対し金七九七万六九二二円を支払え。

二  原告らのその余の訴えについてはいずれも却下する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金二〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は備前市に対し金二一八〇万一六四六円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

原告らの訴えのうち、平成元年度及び平成二年度の公金支出にかかる金一三八二万四七二四円の請求にかかる訴えについてはいずれも却下する。

(本案に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 敗訴の場合、仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らは、備前市に居住している市民である。

被告は、第三セクターとして設立された株式会社で、遊園地、ゴルフ、テニス、その他各種スポーツ、レクリエーション施設の開発整備、経営、賃貸借並びにゴルフ場の会員権の販売、その他を業とする会社である。

2  公金の支出

備前市は、平成元年六月一日から同四年三月三一日までの間、被告に派遣した職員に対する給料、諸手当等として、平成元年度金六一三万七〇二八円、同二年度金七六八万七六九六円、同三年度金七九七万六九二二円の合計金二一八〇万一六四六円の支出をなした(以下「本件公金支出」という。)。

3  本件公金支出の違法性

(一) 備前市は被告に対し、平成元年六月一日から同四年三月三一日までの間、同市職員である幡上義一を開発振興課付職員として派遣(以下右派遣職員を「本件派遣職員」という。)し、被告の業務に従事させたうえ、その給料等を全額備前市が負担し、前記2のとおり給料等の支給をなした。

(二) 被告は、本質的には営利を目的とする商法上の株式会社組織をとる私企業である。

(三) 地方公共団体の職員は、その本業の職務に専念すべき義務が法定されている(地方公務員法三五条)。右規定の趣旨から、地方公共団体の側でその職員に対して右職務専念義務に反するような行動をさせる措置をとることは慎むべきであって、地方公共団体がそのような措置をとることは右法律に違反すると解される。

従って、地方公共団体が当該地方公共団体以外の法人、その他の団体へ職員を派遣し、その業務に従事させることは法律に特別の定めがある場合を除いては、これが職務専念義務に反しないと認められる場合か、若しくは予め職務専念義務に違反するという問題が生じないような措置がとられた場合のみ許されるというべきである。

被告は、前述のとおり、営利目的の私企業であり、被告の業務は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること等を目的とする地方公共団体の事務(地方自治法(以下「法」という。)二条)とは性質を異にする。従って、備前市の職員がその身分を保有したまま被告の業務に従事することは、職務専念義務に違反するものである。

また、備前市は、被告へ市職員を派遣するにつき、同職員について職務専念義務違反の問題が生じないよう、派遣期間中休職にしたり、職務専念義務を免除する等の措置を採るべきであるのに、その形跡はない。

よって、備前市が被告に対して市職員を派遣してその業務に従事させたことは、地方公務員法三五条に違反する。

(四) 備前市は、前述のとおり、本件派遣職員が派遣期間中専ら被告の業務に従事し、備前市の事務は担当しなかったのに、右職員に対する給料等の全額を市において負担し、支給した。しかし、備前市において右のような措置を採ることを可能にする法律及びこれに基づく条例上の根拠はなく、備前市が右のような措置を採ったことは法二〇四条の二に違反する。

(五) 以上より、備前市長によってなされた本件派遣職員に対する給料等の支給は、法二四二条一項、二四二条の二第一項にいう違法な公金の支出にあたる。

4  被告の不当利得若しくは不法行為

被告は、法的根拠なしに無償で備前市から本件派遣職員による労務の提供を受けるという利得をし、一方備前市は市に対する労務の提供がないのに、右職員に対し給料等を支給し、これに相当する損害を被った。

また、被告の代表取締役は備前市の市長でもあるから、被告は市長と共謀の上、職務専念義務に違反することを知りながら備前市からの職員派遣を受け入れ、自らの業務に従事させるとともに、備前市に本件派遣職員に対する給料等を支給させてその金額に相当する損害を与えた。従って、備前市は、被告に対し右給料等に相当する不当利得返還請求権もしくは不法行為に基づく損害賠償請求権を有している。

5  監査請求

備前市が被告に対し前記各請求権を行使しないので、原告らは、平成三年四月一〇日、法二四二条一項に基づいて、備前市監査委員会に対し、被告に対して本件派遣職員の給料等相当額の不当利得返還を求める監査請求をなした(以下「本件監査請求」という。)ところ、備前市監査委員は原告らに対し、同年六月八日付書面をもって「備前市長に関する監査措置請求について(通知)」と題する書面をもって、右監査請求には理由がない旨の通知をした。

6  結論

よって、原告らは、備前市に代位して、法二四二条の二第一項四号に基づき、被告に対し、平成元年六月一日から同四年三月三一日までの間に本件派遣職員に対して支給された給料等に相当する不当利得金若しくは損害賠償金二一八〇万一六四六円を備前市に支払うことを求める。

二  被告の本案前の主張

原告らの請求のうち、平成元年度及び同二年度にかかる合計金一三八二万四七二四円の公金支出は、平成元年六月一日から平成三年三月三一日までの間になされた本件における本件派遣職員に対する給料等の支給である。

原告らは、平成四年四月一〇日に前項の支出を含めた本件監査請求をしているが、前記平成元年度及び同二年度分の支出にかかる監査請求については、支出から法二四二条二項による監査請求期間である一年を経過しており、不適法であるので、原告らの本件訴えのうち、平成元年度及び同二年度分の支出にかかるものについては、適法な監査請求を経ていないから不適法である。

三  右本案前の主張に対する原告らの抗弁

原告らが、平成元年度及び同二年度公金支出分につき、法二四二条二項による監査請求期間経過後に本件監査請求を提起したことには、同条二項但書の「正当な理由」が存する。

1  備前市は、「広報びぜん」で明言しているとおり、被告の運営と市の関係につき、「今後事業を進めていくために必要な資金は会社の責任で調達し、また、事業運営は民間のノウハウを活用し、会社の資金による独立採算性をとっております。そのため市の財政とは一切関係がありません。この事業が挫折しない限り市民の皆様にはご迷惑をかけることはありません。」と一貫して主張してきた。

2  原告らは備前市の右態度を信じて疑わなかったところ、平成四年四月一〇日付け備前市総合課作成の文書により、本件派遣職員の給料等の支給の事実を知り、本件監査請求に及んだ次第である。

3  よって、原告らは、平成元年度及び同二年度分公金支出の事実を知り得ない状況におかれていたのであって、本件監査請求が監査請求期間を経過した後になされたことには「正当な理由」がある。

四  原告らの右抗弁に対する被告の反論

法二四二条二項但書の「正当な理由」とは、監査請求の対象となる当該行為を知って監査請求するにつき客観的障害がある場合、すなわち、当該行為が極めて秘密裡に行われ、一年を経過した後初めて明るみになったとか、天災、地変等で交通途絶となり請求期間を徒過した場合等を指すものと解される。

ところで、平成元年度及び同二年度の本件派遣職員に対する給料等の公金支出は、備前市の右各年度の一般会計予算に各計上され、それぞれ市議会の審議、議決を経てなされたものである。すなわち、右平成元年度分は平成元年三月二八日に議決された一般会計予算に基づき平成元年六月から平成二年三月まで毎月給料等として支出されたもの、同平成二年度分は、平成二年三月二三日に議決された一般会計予算に基づき平成二年四月から同三年三月まで毎月給料等として支出されたものである。

しかも、原告小松原博身(以下「原告小松原」という。)は、備前市の市会議員として、現在まで三期九年間在職しており、特に平成元年度においては、市議会の決算委員会委員として同年度の右公金支出を審査する立場にあった。従って、原告小松原は、その職務上、平成元年度及び同二年度の右公金支出を知り得る立場にあった。

また、原告らが摘示する平成四年二月一日付発行の「広報びぜん」における被告と市との関係に関する記述は、単に被告が独立採算性をとっていることを説明したに過ぎず、何ら客観的障害たりうるものではない。

かかる事情に鑑みれば、右公金支出がことさら秘密裡に行われたものでないことは明らかであって、平成元年度及び同二年度分の給料等の支出に関する原告らの監査請求期間徒過には「正当な理由」がない。

五  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2及び3(一)の各事実は認める。

2  請求原因3(二)の事実中、被告が法形式的には営利を目的とする商法上の株式会社であることは認める。

3  請求原因3(三)の事実中、地方公務員法三五条の内容及び備前市が本件派遣職員に対する給料等を全額負担したことは認めるが、その余は争う。

4  請求原因3(四)、(五)、4の各事実はいずれも争う。

5  請求原因5の事実は認める。

6  請求原因6は争う。

六  被告の反論及び主張

1  本件支出の適法性・法令上の根拠

備前市には、地方公務員法三五条に基づく職務専念義務の免除に関する条例として、備前市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和四六年四月一日条例第一五号。以下「本件条例」という。)を制定しており、同条例二条によれば、職員は研修を受ける場合においては、予め任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て、その職務に専念する義務を免除されることができるものとされている。

本件職員の派遣は、備前市を委任者とし、被告を受託者とする職員研修委託契約(以下「本件契約」という。)に基づき、備前市長の研修派遣命令の辞令交付によってなされたものである。本件契約は、平成元年六月一日付、平成二年四月一日付、平成三年四月一日付でそれぞれ締結されており、いずれも翌年三月三一日までを委託期間としている。そして、右派遣に伴う本件派遣職員の職務専念義務の免除に関しては、本件条例二条(1)に基づき、研修を受ける場合に該当するものとして、任命権者である備前市長が、右各辞令交付時において、同時に本件派遣職員の職務専念義務の免除を黙示的に承認したものである。

そして、本件派遣の研修目的は、本件派遣職員が、被告において他の民間会社からの派遣社員との交流等を通じ、開発事業の企画運営等に関する手法を取得し、豊かな創造力と幅広い視野を養い、派遣職員の能力を開発するというものであり、現実に、本件派遣職員は、現在備前市の企画開発課に配属されて、被告において開発された能力を生かして、備前市の事務に従事し、右研修目的は十分に達成されている。

また、本件契約締結と同時に、派遣研修職員の給与は、備前市の関係規定により備前市が支給するとの協定(以下「本件協定」という。)が備前市と被告の間で締結されており、本件公金支出はこれに基づいてなされたものである。

よって、本件公金支出は何ら違法なものでない。

2  本件支出の適法性・備前市が被告の業務を指導、育成、援助することが備前市の事務に含まれる旨の主張

備前市が市職員を職務命令によって被告に派遣したのは、被告の業務を指導し、育成し及び援助することが備前市の事務と考えたからであり、本件派遣職員は、右の事務に従事していたのであるから、市が右職員の給料等を負担するのは当然である。すなわち、

(一) 被告は、法形式的には商法上の株式会社ではあるが、これを単に営利の追求のみを目的とした一般の私企業と同列視することは不当である。つまり、被告の定款記載の事業は、備前市及び周辺における観光地の開発、整備並びに企画立案、ホテルその他観光施設の経営、遊園地、ゴルフ、テニス、その他各種スポーツ、レクリエーション施設の開発整備等であり、その事業は、備前市地域の総合的な開発構想の一環で、被告はその推進母体として、備前市が資本金一〇億八〇〇〇万円のうち四八・一パーセントを出資し、備前市市長が代表取締役の一名として名を連ねるなど、いわゆる第三セクター方式により設立された株式会社である。

(二) 備前市は、耐火物製造業を基幹産業とする二次産業の町として発展してきたが、昭和四八年のオイルショック以降は耐火物の生産の減少等構造的な不況に見舞われ、地域経済が大幅に衰退した。かかる状況下で、同市は昭和六一年一二月に特定地域中小企業対策臨時措置法による特定地域の指定を受け、これを契機に昭和六二年一〇月には国、県、市の関係者及び有識者で構成する備前市地域開発検討委員会を設置して構造的不況の打開策、地域振興策を模索した結果、右委員会により、備前市の長期的展望に立った総合的な開発基本構想がまとめられた。その内容は、一方で地場産業ともいうべき耐火物製造業の高度化を促進すると共に、他方で恵まれた観光資源を生かして総合的な観光、文化産業の開発、定着を図り、もって第三次産業を充実させ、バランスのとれた産業構造へ変革しようというものである。

右構想中には、ホテル建設やゴルフ場の開設が含まれているが、それはあくまでも備前市地域全体の総合的な開発の一環であって、単体としての局地的な観光開発とは全く異なる。右構想では、五つの地域に各種スポーツ、レジャー施設、商業施設、文化施設等を作る予定であるが、それぞれ相互に関連性を持たせながら、総合的に地域振興を図るものである。

(三) このような産業構造の変革を伴う長期的総合開発事業は、まさに地域振興を図らんとする備前市の公共事業に他ならず、被告は、かかる公共的開発事業の現実の担い手として、民間資本の活力を導入しつつ平成元年六月一日設立された。

備前市が被告の設立にあたって、民間資本の活力を導入したのは、事業規模からして多額の資金を機動的に調達運用する必要性、また、長期にわたって多様な社会的ニーズに的確に対応するための柔軟な事業運営能力の必要性からであった。

そして、被告は、前述のとおり備前市から五〇パーセント近い出資を受けており、さらに人的な交流を持つことにより、同市と密接な関係を維持することができるのであって、それにより、開発に伴う許認可事務を円滑にすすめ、さらに、バランスのとれた地域振興を図るべく長期的統一的な事業展開を行うことができるのである。

(四) 以上のとおり、被告は、前記事業において備前市の右開発基本構想の重要な一環をなすものであって、実質的には同市の公共事務の分担者であり、民間資本を一部導入して事業の活性化を図りつつ、公共の福祉実現を最終の目標に長期的統一的に事業を行うものである。

以上のことからすれば、備前市が被告の業務を指導、育成、援助することは市の事務と考えられ、本件条例に基づき締結された本件契約に基づく備前市の研修派遣命令によりなされた被告への市職員の派遣は違法ではない。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおり引用する(略)。

理由

一  請求原因1、2及び5の各事実については当事者間に争いがない。

二  次に、被告の本案前の主張、右に対する原告らの抗弁及び被告の反論につき判断する。

1  原告らが、平成三年四月一〇日、法二四二条一項に基づいて、本件監査請求をしたことは当事者間に争いがなく、証拠(〈人証略〉)及び弁論の全趣旨からすると、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  平成元年度分の本件派遣職員に対する給料等の支給については、平成元年三月二八日に備前市議会の審議を経て議決された備前市の一般会計予算に計上され、同年六月から平成二年三月まで毎月一五日に給料等として支給され、平成二年度分の右支給については、平成二年三月二二日に右同様に議決された備前市の一般会計予算に計上され、同年四月から平成三年三月まで毎月一五日に給料等として支給されたものである。

(二)  原告小松原は、備前市の市議会議員として、右各予算の議決に参加しており、特に平成元年度については、市議会の決算委員会委員として同年度の右公金支出を審査する立場にあった。

2  ところで、法二四二条二項本文は、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為は、たとえそれが違法・不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとして、監査請求の期間を定めたものである。しかし、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ、一年を経過してからはじめて明らかになった場合等にも右の趣旨を貫くことが相当でないことはいうまでもない。そこで、同条但書は、「正当な理由」があるときは、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるとしたのである。したがって、右のように当該行為が秘密裡にされた場合、同項但書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものといわなければならない(最高裁判所昭和六二年(行ツ)第七六号損害賠償等請求事件昭和六三年四月二二日第二小法廷判決)。

3  そして、前記1の事実関係からすると、原告ら備前市の住民にとって、平成元年度分の本件派遣職員に対する給料等の支払については、平成元年三月二八日に備前市議会において備前市の一般会計予算に計上され、予算として承認、議決された時点で、平成元年六月から同二年三月までの毎月一五日に支払がなされること、平成二年度分の右支払については、同二年三月二二日に右同様に備前市の一般会計予算に計上され、承認、議決された時点で、同二年四月から同三年三月までの毎月一五日に支払がなされることが、それぞれ明らかになった筈である。さらに、原告小松原においては、備前市の市議会議員として平成元年度分及び同二年度分の予算決議に参加しているばかりでなく、平成元年度分については、市議会の決算委員会委員として同年度の右公金支出を審査する立場にあったのであり、他の住民よりよく本件支出につき知り得た筈である。よって、本件監査請求が、実際に備前市から本件派遣職員に対して給料等が支払われたそれぞれの日時から一年を経過した後である平成元年度及び同二年度の支出分につきなされた部分については、法二四二条二項但書にいう「正当な理由」があるということはできない。

4  なお、原告らは、備前市発行の平成四年二月一日付け「広報びぜん」に、被告が市の財政とは一切関係なく独立採算制をとっている旨書かれているので、本件公金支出は秘密裡に行われたと主張するが、右「広報びぜん」の存在は、あくまで右「正当な理由」の有無を判断するための事実の一つに過ぎず、右事実を考慮しても、前記3の判断を覆すものではない。

5  よって、被告の本案前の主張は理由があり、原告らの請求のうち、平成元年度及び同二年度分の支出にかかる監査請求は、法二四二条二項による監査請求期間を経過した後になされたもので、不適法であるので、右請求は適法な監査請求を経ておらず、不適法である。

三  以上のとおりであるから、以下は本件公金支出のうち平成三年度における公金支出(以下「平成三年度公金支出」という。)のみを対象として、原告らの請求の当否につき判断する。

1  証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨から、以下の事実が認められる。

(一)  備前市は、本件条例を制定し、同条例二条(1)によれば、職員は研修を受ける場合においては、予め任命権者又はその委任を受けた者の承認を得て、その職務に専念する義務を免除されることができるものとされている。

本件における平成三年四月一日から同四年三月三一日までの備前市職員の被告への派遣は、平成三年四月一日付で締結された本件契約に基づき、備前市長の研修派遣命令の辞令交付によってなされ、右辞令交付により、黙示的に職務専念義務の免除が行われた。

そして、本件契約締結と同時に締結された、研修生すなわち本件派遣職員の給与は備前市の関係規定により備前市が支給するという内容の本件協定に基づいて、平成三年度公金支出がなされた。

(二)  備前市は、耐火物製造という第二次産業を基幹産業として発展してきたが、昭和四八年のオイルショック以降は構造的不況に見舞われた。そのような状況下で、同市は昭和六一年に特定地域中小企業対策臨時措置法による特定地域の指定を受け、昭和六二年一〇月には、それまでの第二次産業に依存した産業構造下での今後の発展に対する危機感から、国、県、市の関係者及び有識者で構成する備前市地域開発検討委員会を設置して、構造的不況の打開策、地域振興策を検討した結果、右委員会により、備前市の長期的展望に立った総合的な開発基本構想(以下「本件開発基本構想」という。)がまとめられた。その内容は、地場産業である耐火物製造業の活性化を図ると共に、恵まれた観光資源を生かして観光、文化、スポーツ、レジャー施設等の開発、充実を図るなど第三次産業を発展させ、バランスのとれた産業構造へ変革しようとするものであった。具体的には、五つのプロジェクト事業が計画され、その中にはテニスコートを含む総合スポーツ施設、ゴルフコースを含む屋外レクリエーション、レジャー施設、宿泊施設、研究型オフィス施設、文化施設、住居施設の建設等が含まれている。

備前市は、右長期的総合開発事業を行うためには、事業規模の大きさからくる資金調達の機動性、柔軟な事業運営能力等が必要であり、それには民間からの資本や人材等の導入が必要不可欠と判断したが、一方で、右開発基本構想については公共性が強く、備前市が主導権を持つ形で運営し、かつ手続面で関与するなどの必要性もあると考えた結果、公のコントロールを維持しつつ、資金面、事業の企画運営、経営面では民間活力を生かした形でのいわゆる第三セクター方式によって法人を設立し、右事業の運営等を主体的に行わせることが妥当であるとの結論に達して被告の設立を企画し、右設立に関与した結果、被告は、資本金一〇億八〇〇〇万円、そのうち備前市と川崎製鉄等の川鉄グループが約五〇パーセント弱ずつをそれぞれ出資する形で、平成元年六月一日に右事業の現実の担い手として設立された。

被告の定款に挙げられた設立目的は、〈1〉備前市及び周辺における観光地の開発、整備並びに企画立案、〈2〉ホテル、ロッジ、旅館、その他観光施設の経営並びに料理飲食店、売店、娯楽場の経営、〈3〉遊園地、ゴルフ、テニス、その他各種スポーツ、レクリエーション施設の開発整備、経営、管理、賃貸借並びにゴルフ等会員権の販売、〈4〉旅行の斡旋、案内並びに宣伝、〈5〉不動産の売買、賃貸借、仲介並びに管理、〈6〉ゴルフ、テニス、その他スポーツ、演劇等各種催物の企画、斡旋並びに運営、〈7〉前各号に付帯する一切の業務、となっており、実際にも右目的達成のための用地買収等を行っていた。

(三)  本件派遣職員は、昭和四一年に備前市役所に入所し、同六二年七月に、備前市役所において新設された産業部開発振興課の主幹となり、平成元年六月から同四年三月まで、備前市から研修目的で被告に派遣されて同所において勤務し、同年四月から再び右産業部開発振興課に戻り、同五年一〇月からは、同市企画開発課の課長代理として備前市に勤務している。

本件派遣職員は、被告に派遣される以前から、右産業部開発振興課において、本件開発基本構想の事前の予備調査を行うために備前市の五つの課で作られたプロジェクトメンバーの取りまとめ、用地関係、地元調整等を、課の一員として行っていた。

そして、被告においても、企画部部長の地位にあって、用地取得、地元対策、許認可取得等を主に担当し、実際に用地取得に関わったり、開発についての地元住民の同意を得るために努力したり、初めて開発許可申請を行ったり、実際の計画を通して環境アセスメントの勉強をしたり、利益をあげることの難しさを経験したりした。

また、本件派遣職員が平成五年一〇月から所属する備前市企画開発課は、平成五年一〇月から新設された課である。

(四)  本件派遣職員は、平成三年四月一日から同四年三月三一日までの間、備前市に対して、被告での企画の進行程度等を、週二、三回ほど被告への出勤前に備前市の開発振興課課長や同部長に報告等して、時には地元対策などのアドバイスを受けていたが、正式な報告は求められたことはなかった。そして、右期間内に備前市の事務を担当したことはなく、専ら被告の業務に従事していた。また、被告から備前市への本件派遣職員に関する文書による報告は、出張と休暇の報告のみであった。

(五)  本件契約において、派遣職員に対する研修内容は備前市と被告とが協議して別途定めるものとするとされているが、実際に、本件においては、右研修内容は文書としては残されておらず、口頭で、本件開発基本構想に基づく事業推進にかかる業務全般について、と取り決められたのみである。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2  本件訴訟は、本件公金支出が法二四二条一項の掲げる違法・不当な公金の支出にあたるか否かが問題となっているところ、平成三年度公金支出自体は、いわゆる財務会計法規に則って、備前市議会で平成三年度予算案として適正な手続を経て承認され議決された予算の執行として行われたものであるので、財務会計法規違反であるとはいえない。しかし、住民訴訟の対象となる違法・不当な公金の支出は、公金支出そのものが財務会計法規に違反する場合に限局されるものではなく、公金支出の前提となる非財務行為が違法である場合に、その違法とされる事項と公金支出の間に直接の関係ないし結びつきがある場合も含まれると解するのが、一方で住民訴訟を認めながら、その対象を財務会計上の行為に限った法の趣旨に鑑みて相当である。

3(一)  そこで、まず、平成三年度公金支出の前提となった、備前市の被告に対する職員の派遣が違法または不当といえるか否かにつき検討する。

(二)  ところで、〈1〉地方公務員法三五条が、地方公共団体の本来の業務に従事すべきことを内容とする職員の職務専念義務を規定したもので、地方公共団体の職員に対する行為規範を示したものとみるべきであるが、同条の規定の趣旨からすれば、地方公共団体自体も、職員に職務専念義務に反するような行為をさせる措置をとるべきでないという拘束を課されているものと解すべきであり、右規定は、地方公共団体の行政の運営を制約する公務秩序の維持とでもいうべき重要な原理を定めたものというべきであること、及び、〈2〉一定の場合にのみ地方公共団体の職員を国又は他の地方公共団体若しくは公共機関に派遣することが特に法律上認められていることに照らして考えると、法律は、地方公共団体の職員の義務の中で、その職務専念義務を最も重要な義務の一つとしているものと解することができる。

そして、右のとおり、法律が、地方公共団体の本来の事務以外の事務に、地方公共団体の職員がその身分を有したまま従事することについて厳格な態度をとっている以上、地方公共団体が職員に職務専念義務に反するような行為をさせる措置をとることは地方公務員法三五条に違反すると解するのが相当である。従って、地方公共団体が当該地方公共団体以外の法人その他の団体へ職員を派遣し、その業務に従事させることは、法律に特別の定めがある場合を除いては、これが職務専念義務に反しないとみられる場合または職務専念義務違反の問題が生じないような措置を講じてされる場合においてのみ許されるというべきである。

(三)  被告は、備前市では本件条例を制定し、右条例に則って、備前市と被告との間で平成三年四月一日付で締結された本件契約に基づき備前市長が交付した本件派遣職員への研修派遣命令によって、黙示的に本件派遣職員に対して職務専念義務の免除が行われているので、備前市は予め職務専念義務違反の問題が生じないような措置をとっていると主張し、右職員の研修目的は、職員の能力開発、すなわち、大規模事業を運営、推進するにあたっての諸般の手続、法的手続を十分に学ばせ、将来において、用地買収のための地権者との交渉、企画開発、保安林の解除事務や環境アセスメント等の許認可事務、運営能力の開発等の市の仕事に役立たせることであり、右研修目的は、本件派遣により十分達成できたと主張する。

(四)  確かに、前記1のとおり、被告の定款目的及び業務内容は、備前市の産業構造を変革させ、構造的不況の打開、地域振興を図るための長期的展望に立った総合的な開発基本構想に基づいて企画され、定められたものを実行するためのもので、右の意味では被告の事業に公益性が全くないとまでは認められないし、本件派遣が本件派遣職員の能力開発に役立ち、右能力を今後の市の仕事に生かすことが可能な面があることも否定はできない。

(五)  しかし、前記2のとおり、法律は地方公共団体の本来の事務以外の事務に従事することについて厳格な態度をとっていること、及び、地方公共団体の職員には職務専念義務があり、職員の給与が住民の税金によってまかなわれている事実に鑑みると、地方公共団体が地方公務員法三五条により定められた条例により地方公共団体の職員の職務専念義務を免除するについても、派遣先の業務が公益上特に必要であることが客観的に明らかであって、地方公務員法三五条の規定する「当該地方公共団体がすべき責を有する職務」と同視できる程度のものである場合に限るべきであり、さらに、右免除の目的が「研修を受ける」ことにある場合は、事前に研修内容が定められた上で、客観的に、当該研修を職員に受けさせることが地方公共団体において必要不可欠であり、かつ派遣によって右研修目的に資する効果が相当高度に見込まれる場合に限って許されると解すべきである。そして、被告の定款目的及び事業内容は、地方自治法二条に定められた、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること等を目的とする地方公共団体の事務とは性質を異にし、被告が基本的には営利を目的とする商法上の株式会社で、私企業であることは明らかな事実であって、被告の業務が公益上特に必要であることが客観的に明らかであるとは到底認められない。また、前記1(五)のとおりの研修内容の取り決め方及びその内容に加えて、前記1(三)のとおりの本件派遣職員の市における地位、経験、被告へ派遣時の仕事の内容等に鑑みると、本件派遣の実体は、「研修目的」とは認められず、備前市にとって、これが不可欠で、かつ派遣によって研修目的に資する効果が相当高度に見込まれる場合にあたるとも、到底いえない。

(六)  さらに、被告は、備前市が被告の業務を指導、育成、援助することは備前市の事務に含まれると主張するが、前述のとおり、被告の業務と備前市の事務は全く性質を異にするものであって、右主張も認められないうえ、地方公共団体の職員の職務専念義務の重要性に鑑みるならば前記1(四)で認められる程度の報告によって備前市長の指導監督が本件派遣職員に及んでいたとは認められない。

(七)  よって、本件における平成三年四月一日付で締結された本件契約に基づく備前市長の研修派遣命令による本件派遣職員の派遣は、形式的に本件条例に基づき備前市長による黙示的な職務専念義務の免除の措置がとられているとしても、実質的に本件条例により職務専念義務を免除することができる場合には該当せず、結果的に、地方公務員法三五条及び本件条例に違反し、違法な措置であったというべきである。

4  そして、備前市が本件派遣職員に備前市職員としての身分を保有させたまま、被告に派遣し、被告の業務に従事させたことと、右職員の給料等の支給として本件公金支出がなされたこととの間には、直接の関係ないしは結びつきがあるとするのが相当である。

5  従って、前記1(一)のとおり、備前市が、本件派遣職員に備前市職員としての身分を保有させたまま被告に派遣し、市の事務を担当させず、備前市長の指揮監督を離れた状態で、派遣期間中専ら被告の業務に従事させたことは、法律及び条例上の根拠に基づかないものであるので、備前市が右職員に対する給料等の全額を市において負担し、支給したこともまた、法律及び条例上の根拠に基づかないもので、法二〇四条の二に違反する。よって、備前市によってなされた本件派遣職員に対する給料等の支給である平成三年度公金支出は法二四二条一項、二四二条の二第一項にいう違法な公金の支出にあたるというべきである。

6  本件派遣及び平成三年度公金支出は、備前市と被告との間に締結された私法上の契約である本件協定を原因とするものであるが、本件協定は前述のとおり、公共の利益にかかる行政法規に反する違法な事項を内容とするものであるから、強行法規ないし公序良俗に反する契約として無効と解するのが相当である。

従って、被告は、法律上の原因に基づかずに備前市から派遣された本件派遣職員から労務の提供を受けてこれに相当する利得をし、一方、備前市は、右職員の被告への右労務提供に対する給料等を負担してこれに相当する損失を被ったと認められるので、被告の利得は備前市が負担した本件派遣職員に対する給料等の額と同額とみるのが相当である。

この点につき、(〈証拠・人証略〉)の尋問結果によると、被告から備前市に対し、本件派遣職員に対する給料等の支給金額の約半額相当(平成三年度支出分に対応する返還分は三九八万円)を返還しているように認められる部分が存するので、被告の利得額は平成三年度公金支出の金額から平成三年度に対応する返還分を差し引いた金額ではないかとも考えられるが、右返還分が備前市の本件派遣職員の給料等の約半分を被告が負担するという趣旨であるか否かは不明であり、被告の利得を考える際に右返還分を考慮することは相当でない。

7  よって、被告は備前市に対して、本件派遣職員に対する給料等のうち、適法な監査請求のあった平成三年度公金支出分である金七九七万六九二二円に相当する金員を不当利得金として支払うべきである。

四  以上の次第であるから、原告らの請求のうち、平成三年度支出分である金七九七万六九二二円については理由があるからこれを認容し、その余の訴えについては不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一九六条一項を、仮執行の免脱につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一九六条三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 梶本俊明 裁判官 徳岡由美子 裁判官 種村好子)

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